街で、経営者のすぐとなりで。クリエイティブの価値を最大限に 発揮できる環境が、ここにある。

un-T factory!NAGOYA
支社長/アートディレクター
飯田淳介氏

  • 支社・拠点進出
  • IT
  • TOP
  • INTERVIEWS
  • 街で、経営者のすぐとなりで。クリエイティブの価値を最大限に 発揮できる環境が、ここにある。

名古屋でも、ではなく、名古屋だから、できる仕事がある。

Q.東京と名古屋。どちらの市場も知っている飯田さんから見て、名古屋での仕事の特徴はどんなところにありますか?

本質的にいい仕事をしている会社や個人の方が多いな、というのが2009年に名古屋でスタートした時から感じている印象です。東京にはネームバリューの高い案件はたくさんあるけれど、それが良くも悪くも当たり前になってしまっている。仕事の規模やネームバリューイコール、デザイナーやクリエイターの実力か? と言えば必ずしもそうではないですよね。

10年前だと「地方ではいい仕事はできない」と思っていた東京のクリエイターは多かったと思います。当時のWebサイトはFlashの全盛期。表現に特化していた時代でした。そしてそういう仕事は圧倒的に東京が多かったですから。でも今は、表現だけじゃないよね、ということが当たり前になってきた。どれだけきちんとクライアントの利益を上げられるか。その環境の変化の中で、名古屋は都市の規模が大きすぎないからこそ、予算やネームバリューに惑わされず、本当にいいアイデアを形にしていけると思います。「名古屋でも」を通り越して「名古屋だからこそできる」がある。

それに今回の「ひらけNAGOYAポテンシャル」という企画のように、行政が応援してくれることで「よーし!みんなで頑張ろう!」と一体になれる強みもある。この規模のコミュニティがゴロゴロある東京では、なかなか難しいことだと思います。

Q.そんな名古屋にオフィスを構えてもう10年ほどになるんですね。この間に感じた仕事の変化を教えてください。

一番わかりやすい例で言えば、Webサイトだけを作る仕事は格段に減りました。課題と実現したい未来をヒアリングした上で、アプリの提案だったり、IoTでプロダクトと絡めたり、新たに作らなくてもインスタグラムで写真を投稿するだけで求めている成果が上がる場合もあります。ウチは儲からなかったとしても、クライアントのためにどんな良い選択肢があるか、というアドバイスも含めて、考える自由度がグッと広がったと感じます。

Q.クライアントの意識が変わってきたということもありますか?

あると思います。10年前は、プロモーションとしてWebサイトを持つことそのものに大きな意味があって、当時は東京を中心に市場が回っていました。有名なクライアント、潤沢な予算、面白い表現、に価値が置かれていた時代です。けれど誰もがインターネット上に看板を掲げている今、「いい仕事」の定義も変わってきたと思います。何のためのWebサイトなのか? 作った上で結果どうなるのか? どんな未来を何を描くのか? こちらから改めて伝えなくても、クライアントがすでにその必要性を感じていますし、その答えは本当に多様化しています。

ワークかライフか?という選択ではなく、どちらも大切に暮らしていける。

Q.20代は東京でクリエイティブの仕事の仕事に没頭していたわけですよね? なぜ名古屋に拠点を移そうと考えたのですか?

元々、東京で3~4年修業をしたら名古屋に帰ってくるつもりだったんです。でも、業界の成長スピードに自分のそれが追い付いていかなくて。3年では足りない、もう少しもう少し……とやっているうちに気づいたら30代(笑)。ようやくできる仕事も増えて自分の裁量に任せてもらえるようになったタイミングで、同じくデザイナーの妻と結婚しました。そしてその妻が、結婚と同時に教員になったんです。まったく違うフィールドで働き始めた彼女が学校現場に慣れた頃に、これからどうしていこうかと将来設計を考え始めた時、名古屋支社立ち上げのチャンスが舞い込んできたんです。現実問題、共働きで子どもを育てていくことを考えると、誰の力も借りずに東京で続けていくのは僕らには無理だと思いました。仕事も家族もどっちも大切にしたい。それなら東京にこだわるのをやめよう、と。

Q.東京で暮らし続けていたら、違ったと思いますか?

今の家は、妻の実家から5分のところです。保育園に通う下の子を迎えに行ってくれるのも妻の母親だし、上の子が小学校から帰ってきて夕飯を食べさせてもらうまでお世話になっています。そこに僕と妻が週に2~3回交代で迎えに行く、というやり方で暮らしが成立していますので、東京での暮らしは今や想像もできません。仕事とか家族とか暮らしとか、何かを犠牲にするのではなく、助けてもらいながらも全部を大切にできるので、戻ってきて本当に良かったですね。

それから子育てという視点では、子どもを連れていける場所が多いのもいいです。ちょっとした公園なら貸し切り状態ですから。東京はどこにいっても人が多いから、インスタにあげると東京の人が驚くんです。「なんであなたが行くところはいつも人がいないのか?」って(笑)。名古屋はハレとケで言ったらケの街なんだけど、満足感が得られて穏やかに暮らせる。東京は出ていくお金も多いからいくらあっても足りない。名古屋にいると日々の暮らしを大事にする感覚が高まって「足るを知る」を実践できていると感じます。

経営者との近さが、緊張感とやりがいにつながる。

Q.「名古屋だから」のメリットは仕事でも暮らしでも感じられるんですね。もう少し、仕事面での話をお聞きしたいです。具体的には「名古屋だからこそ」どんな良さがありますか?

名古屋の仕事は、トップとの距離が近いです。これは間違いないです。決裁者の方に信頼してもらえると、いろんな提案を直接することができますし、何より話が早いですよね。それに一般の人が知らないグローバル企業もたくさんあって、僕自身「こんなスゴイ企業が名古屋にあったんだ!」と驚くことも少なくありません。そういう可能性を秘めた企業のトップとの仕事は刺激的ですし、この人のために頑張ろうとも思えるんです。

Q.企業対企業ではなく、人間同士の付き合いですよね。

そう。距離が近いからこそ、濃く付き合わないといけない。そして東京と比べたら予算が少ないことが多いので、お互いに覚悟を持って案件に向き合う必要がある。適当に頼むことも、頼まれることもできない関係性が熱量と緊張感を生んで、関係性の濃さにつながるんだろうなと感じています。名古屋の仕事は、お客さんに必要とされて、それに全力で応え、成長を一緒に喜ぶというこの仕事が持つ本質的な面白さが見えやすいですね。

……とはいえ僕らも、名古屋事務所の開設当時はいち制作業者として扱われることも多かったです。クライアントから見たら「Webデザインの専門家」でしかない頃は、現状の売上をいくらでどこまで伸ばしたいですか? という質問はしづらかった。今この瞬間でも、そういう思いをしているデザイナーが多いかもしれません。ただ、名古屋は経営者との距離が近いので、デザインやクリエイティブと経営が融合しやすいんです。経営者が、デザインに価値を置いてくれるような関わりがしやすい。すると、経営の土壌にデザインという要素が組み込まれて、一緒に経営に伴走していけるんですよね。「デザイン経営」という言葉が広まって久しいけれど、名古屋にはそれを実践できる土壌があると感じます。

大都市だけど、まちの当事者として実感を持てる街。

Q.「まちづくり」という視点で、事業をとらえることはありますか?

まちづくりというと大げさな話になりそうですが、僕らがいる鶴舞(つるまい)というエリアをもっと良くしたい、という思いはありますよ。たとえば僕らがいるビルはもともと倉庫だったんです。でもせっかくだからと知り合いのクリエイターに声をかけて、素敵な人たちが集まって、魅力的なビルになった。便利さでは栄や名駅の方が魅力的かもしれませんが、いい仕事をする面白い人達が集まるビルができたことで少なからずインパクトはあったのかなと思います。

鶴舞ってそんなに大きなエリアじゃないんですけど、スポーツとかカフェとかアートといった文化と、仕事とが交われる可能性が高い街でもあって。パブリックとプライベートがグラデーションで混ざっている感じがあります。人との出会いも、たとえば大学生がインターンシップのような準備された枠組みに飛び込んでくるのではなく、コミュニティとして自然に人が行き来する中で、人や仕事との出会いがある……といったことが起こり易いんじゃないでしょうか。街としてとてもポテンシャルを感じます。

僕らの本業はあくまでもクリエイティブファームとして企業の成長をどう助けるかを本業としていますが、これまでの経験や技術、アイデアで街を良くしていくような取り組みにも貢献していきたいと思っています。手頃な規模だからこそ、「ビジネスと街づくりの両立」を一緒に実現していけるクリエイターの顔もすぐに思い浮かびますしね。本当に、ここは面白い街ですよ。